DESIGN / BUSINESS

Theoretically bridging between design and business through designing essays

002 デザイン思考とはなにか ―ビジネスにおける競争の型から

今回も前回に引き続きビジネス世界においてバズワードとなっている”デザイン思考”に焦点を当てる。とりわけ今回は昨今のビジネス世界においてなぜ”デザイン思考”がバズワードになり得たのか。この点について経営学領域において展開された理論を素地に考察する。なおここでの「デザイン思考」は前回「デザイン思考とはなにか ―デザイン方法論の系譜から」で示した概念を指す。従って本項は「デザイン思考」をよりビジネスの視座に基づいて考察した内容である。

 

>>> 競争の型|ジェイ・B・バーニー

”デザイン思考”はビジネス世界におい”イノベーション”というワードとともに取り扱われることが多い。また”イノベーション”というワードも近年コンサルティングファームのレポートや様々なコラムで幾度も登場している。そこで今回は経営学の領域で構築された理論を素地に、イノベーションとデザイン思考について考える。

 

今日の”イノベーション”ブームは、1986年ジェイ・B・バーニー (Jay B Berney)によって著されたTypes of Competition and the Theory of Strategy: Toward an Integrative Frameworkで示された「競争の型」を知ることで、適切に理解できる。

 

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バーニー による市場における競争は主に3つの区分されるとした。1つ目は産業が数社によって寡占された産業で、各社が参入障壁・移動障壁を高めることで競争優位の確立を目指すIO型(Industrial Organization)。2つ目は比較的参入障壁が低く、各社は独自の強みを活かして他者と差別化を図ることで競争優位の確立を目指すチェンバレン型。3つ目はイノベーションによって産業構造が大きく変動する不確実性の高い環境で、各社はイノベーションを創造することで競争優位を築こうとするシュンペーター型である。

 

シュンペーター型の競争を例を挙げて説明するとすれば、フィンランドノキア(NOKIA)だ。ノキアはかつて世界の携帯電話市場で一時は4割のシェアを誇った名企業だ。しかしながら現在そのノキアはもう携帯電話の製造・販売を行っていない。その背景には容易に想像できるように「スマートフォン」という新たな製品の登場と、アップルやサムスン電子の台頭がある。こうしたイノベーションによって市場の競争構造そのものが大きく変わってしまう競争こそがシュンペーター型競争なのである。そして不幸にもこうしたイノベーションの出現は予測がつかない。従ってシュンペーター型の競争は「不確実性が高い競争」として説明されるのである。

 

 

それぞれの競争における「戦略」という観点では、IO型では基本的に外部環境が自社の競争に対する行動を規定するためSCP理論(Structure-Conduct-Performance)に基づく戦略、チェンバレン型では内部資源が重要と成るためにRPV(Resource-Based View)理論に基づく戦略が適合性が高いといえる。そしてシュンペーター型では自社がいかにイノベーションを創出し、まだ見ぬ競争相手より優位に立つかが重要なため「イノベーションという戦略」が求められるといえる。

 

とりわけ製品がソフトウェアまたはサービスであるIT産業は、その製品の市場投入のしやすさ、模倣のしやすさから、シュンペーター型競争の代表的な産業であるといえる。また仮にハード製品であってもリバース・エンジニアリングによる模倣と二次創作や、クラウドファンディングによる資金調達の敷居低下、デジタルファブリケーションによる生産設備とコストの縮小などを背景にその「イノベーションの起こりやすさ」は上がっているといえる。

 

この今日の市場における「イノベーションの起こりやすさ」の上昇は、結果として多くの企業を否応なくシュンペーター型競争に組み込む。すると各企業は”イノベーション”を声高に叫ぶようになった。これが今日の”イノベーション”が多くのコンサルティングファームのレポートやWebコラムで反吐がでるほど登場する所以だ。

 

 

>>> デザイン思考とイノベーション

ではなぜこの空前の”イノベーション”ブームに、「デザイン思考」が引っ張り出されたのか。その背景を特定することは難しいが、米・デザインコンサルティングファームIDEOの存在が大きいことは明らかだ。IDEOは1991年にDavid Kelly Design /  ID Two / Matrix Product Designという3つのデザインファームが合併することで誕生した企業である。強くつながりのあったアップルの躍進や、ハーバードビジネスレビューやビジネスウィークなど著名なビジネス雑誌の掲載を通じてその存在が周知された。IDEOもしくはデザイン思考がビジネス世界のハートを掴んだ背景には、まさしくこのIDEOもしくはデザイン思考が広く紹介された1990年代後半はインターネットの登場により「イノベーションの起こりやすさ」が急上昇した時代であることが挙げられる。多くのビジネスパーソンはこの”イノベーション”ブームにおいて、”イノベーションを起こす体系的な手法”のように取り沙汰された「デザイン思考」に飛びついたのである。

 

しかしながらもちろんイノベーションの創造は、なんらかの体系的な手法が存在する「飼いならされた問題」ではなくむしろ「意地悪な問題」である。意地悪な問題にアプローチするデザイナーの生得的な思考プロセスという本来の意味での「デザイン思考」はここで失われ、”デザイン思考”としてビジネス世界で広がることとなった。

 

この流れを追うと、多くのビジネス世界で【デザイン思考 = 人間中心設計(Human-Centred Design)】や【デザイン思考 → イノベーション創出】という不可解な認識が広まったワケが明らかとなる。IDEOは確かにデザインアプローチとして人間中心設計を大事にしている。またこの人間中心設計はとりわけ今日のデジタル化の産業において、ユーザーに満足度の高い経験を製品として構築するために優れた一つの手法であることは間違いない。しかしながらIDEOで言えばその人間中心設計を実現するために、領域横断的なチーム、深いリサーチ、プロトタイプの絶え間ないサイクルが重んじられており、このサイクルこそが「デザイン思考」の本来のシニフィアンである。

 

また本来の意味でいうデザイン思考であれ、それがイノベーションを創出するかどうかはわからない(不運にも一部に信仰される漸進的な人間中心設計はシュンペーター型競争で勝つような急進的なイノベーションは起こせないと示唆されている)。デザイン思考はイノベーションを創出するにあたり、1つの有効な考え方もしくはアプローチに過ぎない。なぜそれが有効なのかといえば、デザイン思考は「意地悪な問題」を自覚した数少ないアプローチであり、イノベーションの創出もまた「意地悪な問題」の1つであるからである。